以下全文を紹介します。
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昨年暮れ,「トモダチ作戦」に参加した米原子力空母の乗組員8名が東電を相手に福島第一原発事故による放射能被害の補償を求める訴訟を起こした。原告の元兵士たちは放射能漏れに関する誤情報を流した東電の責任を強く追及する一方で,自軍の判断や対応には信頼を寄せているようだ。原子炉を二基も搭載した艦船が被ばくの憂き目に会うとは何とも皮肉な悲劇だ。実はこの作戦は原発に対するテロ攻撃を想定した米国の軍事演習の一環ではなかったのかという憶測も囁かれている。私の脳裏に,ある言葉が浮かんだ。
「アトミック・ソルジヤー」
1940年代後半から1960年代初頭にかけて,南太平洋や米ネバダ州などで実施された核実験演習に参加した数十万人の米兵たちのことである。彼らは軍内部の事前研修において核実験に起因する放射能は安全と刷り込まれ,防護服を着用することなく実際の核爆発を至近距離で体感させられた。除隊後に白血病やガンを患い自分たちが国に騙されたことを悟った復員米兵たちは公的補償を求める運動を展開し,1988年に「放射線被ばく退役軍人補償法」を勝ち取ることになる。
冷戦時代,米国は幸運にも核戦争を経験しなかったが,自らの核実験によって上述の米兵や風下住民など多くの被ばく者を出した。本書の著者はこのジレンマの原因を個人の安全よりも国家の安全を重視する「ミリタリズム」に求めている。ソ連の核保有によって米国の核独占状態が崩れた1950年代,米政府は核戦争を視野に入れた新たな準戦時国家総動員体制を築くため,民間防衛訓練マニュアルを作成し,「クリーン爆弾」構想を披露するなど核兵器との「共生」を国民に促す一連の措置を講じた。これらはいずれも,広島・長崎への原爆投下の実態を意図的に無視し,「死の灰」の危険性を著しく倭小化するものであった。
現代の視点に立てば,本書で分析される冷戦初期の核プロパガンダの大半は,米国民でさえも失笑してしまうほどのタチの悪い冗談にしか聞こえない。だが今日に至るまで依然強い影響力を保っている言説がある。今年12月で60周年を迎えるアイゼンハワー大統領の「核の平和利用」国連演説だ。日本を含め世界的な原発建設の潮流を規定したこの演説を今読み返すと,あまりに軍事色の強い内容に果たしてこれが「平和」提案と呼べるのか疑わしい。著者は原発利用を「スローモーションの核戦争」と喝破した。3・11を経験した日本人にひときわ重く響く言葉である。