『フル ボディ バーデン』上巻
『フル ボディ バーデン』下巻
本書は当初、ロバード・ジェイコブズ著『
ドラゴン・テール』(高橋博子監訳)を刊行した凱風社を指名して刊行の打診があったものです。
米国コロラド州デンバー近郊のロッキーフラッツ核兵器工場では1950年代から80年代末まで、米軍の水爆核弾頭のトリガー(プルトニウム原爆)が一手に製造されてきました。このあたりはロッキー山脈が目の前に広がる風光明媚なところで、日本の女子マラソン選手が合宿をするボールダーはそのすぐ北にあります。
著者は60年代からロッキーフラッツのすぐ近くで育ちました。両親ともども隣に核兵器工場があるとはまったく気づかず、弟妹や周りの子どもたちと乗馬をしたり泳いだりしながら、夢のような幼年時代を過ごします。しかしそのころすでに、においもなく、味もせず、姿も見えない悪魔がコミュニティを汚染していました。何かがおかしい……。風下で暮らす住民や動物にさまざまな異変が目立ち始めます。恋をし、結婚をし、子どもをもうけながらも、著者は汚染の事実をなかなか受け容れることができません。
本書は、核汚染の被災者でもある女性作家が自らの生い立ちを赤裸々に描きながら歴史を再構成した感動のノンフィションです。著者は執筆に12年の歳月を費やしました。当事者へのインタビューを重ね、膨大な資料を渉猟しながら、半世紀にわたって隠蔽されてきた核被災の真実を明らかにしています。
1970年代末になると真実と正義を求めて人々が声を上げ始めます。やがて、ダニエル・エルズバーグなども参加する抗議運動が広がるとともに住民の集団訴訟も提起され、その審理の過程で放射能による環境汚染の全容が明らかにされていきます。しかし1990年代から2000年代にかけて、国家安全保障の名の下に行われた企業と政府の裏取引や司法上部の政治判断によって、結局、真相は闇に葬られます。
責任を負うべきは誰か、どんな犯罪が行われたのかを著者は史資料から掘り起こして追及し、将来も核兵器と原子力エネルギーに頼り続けるのかを読者に問うています。また
エピローグでは、2011年秋の「さよなら原発集会」での武藤類子さんの演説を引用しながら、福島の住民に寄り添おうとしています。まさに、3・11を経験した私たちの決断が問われ
ています。
本書では、被害者の痛みに無自覚な加害者像があぶり出されます。その背景には組織の論理に従う官僚や利益を優先する企業人の姿がありました。いわば「アイヒマン的」組織への忠誠心が被害を拡大してきたと言っても過言ではないでしょう。
上巻(320頁) http://www.gaifu.co.jp/books/ISBN978-4-7736-3902-5.html
下巻(328頁) http://www.gaifu.co.jp/books/ISBN978-4-7736-3903-2.html