2014年2月10日月曜日

『日本水産学会誌』で『蟹工船興亡史』が書評されました。

『日本水産学会誌』80巻1号(2014年1月29日)で、2013年6月刊『蟹工船興亡史』(宇佐美昇三著)が書評されました。なお、著者の宇佐美さんは本書で2013年度の「住田正一海事奨励賞」を授賞しています。

『日本水産学会誌』の評者は農林水産政策研究所の高橋祐一郎氏です。

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 本誌782号(2012)の「話題」として掲載された「蟹工船の史実を求めて」には感銘を受けた。放送番組ディレクターの経歴を持つ著者による、精緻な歴史検証を目にして、蟹工船の歴史を正確に知りたいという好奇心に駆られたのは筆者だけではあるまい。
本書は、著者自身が40年間にわたって精力的に行った、文献探索、北海道から四国に及ぶ現地取材、多数の関係者へのインタビューをもとに、20世紀初頭の黎明期から、1970年代の終末期に至る蟹工船の全容について綴られた書籍である。
本書は、ドキュメンタリータッチで構成されており、苦労して文献を入手した著者が、関係する土地に直接赴き、さらに新たな情報を得ながら史実を検証していく過程が克明に描写されている。もちろん、歴史書としても十分すぎる内容であり、著者が自ら収集、撮影した約200点もの貴重な写真や資料が掲載され、船名一覧、年表、索引も充実している。
また、小林多喜二の小説「蟹工船」が後世に与えた影響についての解説は圧巻である。例えば、同小説の一節「蟹工船は『工船』(工場船)であって『航船』ではないから航海法は適用されなかった」は、当時の無秩序な労働環境を引き起こした象徴とされ、これを引用する専門家も多い。しかし、当時は航海法という法律はなく、実際の蟹工船は他の船同様に「船舶検査法」の検査を受けていたため、多喜二の説は大きな誤りと断じている。一方、同小説は「船舶安全法」の成立に貢献したと論じている。俗論を鵜呑みにせず、膨大な史料を丹念に調査し、十分に咀嚼した著者の行動力がうかがえる。
本書の終章、最終節となる第四節「蟹工船が残したもの」において、著者は、その技術や経験を「災害時多目的支援船」に活用することを提案している。「蟹工船は過去のものだが、『地獄船』だけが、その姿ではないと思って書き始めた」という本書を読み終えれば、蟹工船は、労働問題の負の歴史としてだけではなく、わが国の水産業の発展や社会生活の向上に大きく貢献した事実を理解し、未来の安心を支える礎としての期待も感じるであろう。水産や海事関係だけでなく、経営や組織運営の問題に携わる方々にもお勧めしたい。特に、これらの歴史について学ぶ者には、座右の書である。