2011年8月24日水曜日

『現代奴隷制に終止符を!』が『北海道新聞』で書評


2011年8月21日(日)の『北海道新聞』「ほん」欄で『現代奴隷制に終止符を!』が書評されました。
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 その数2700万人。21世紀とともに出現した新種の奴隷制は、世界各地で安価で使い捨ての奴隷を生み出した。小屋でじゅうたんを織らされる子供。1日に200人近い男たちと性交渉させられた少女。途上国から先進国へと売られる現代奴隷たちの現状を報告し、解決策を提言する。日本にいる外国人売春婦の問題にも言及。現代の暗黒がここにある。大和田英子訳。(凱風社 2940円)


2011年8月22日月曜日

「ビルマからの手紙」(アウンサン・スーチーさん)第8回

毎月1回『毎日新聞』にアウンサン・スーチーさんの「ビルマからの手紙 2011」が連載されています。今日は第8回。自宅軟禁を解かれたあと、ご子息と共にパガンに滞在したときに考えたことを綴っています。
今後、時に応じて、小社刊『ビルマとミャンマーのあいだ』(瀬川正仁著)から関連写真を紹介していきます。
下の写真は「世界遺産パガン遺跡/上空には観光用の熱気球」(『ビルマとミャンマーのあいだ』口絵より。

2011年8月15日月曜日

『原水禁署名運動の誕生』の著者、丸浜江里子さんが『中國新聞』で紹介


3・11とヒロシマ <下> 原水禁運動を研究する元中学教諭 丸浜江里子さん

「脱原発」の声 共振に期待

今春、初めての著書「原水禁署名運動の誕生」(凱風社)を刊行した。1954年3月、太平洋ビキニ環礁で米国が水爆実験。第五福竜丸が被災し、汚染魚の水揚げなど放射能被害が広がる中、原水爆禁止の署名運動が沸き上がったドラマを描き出した。

57年前に重ね

出版直前に東日本大震災と福島第1原発事故が起きた。「57年前の水爆実験で、日本中の人々が吹く風、降る雨に放射能を心配した。当時の人の思いを今、実感する」。高まるノーモア・フクシマの声に、研究でたどった署名運動の息吹が重なる。

自らが暮らす東京都杉並区が運動の発信地だった。「一日も早く安心して魚が食べられるよう、原水爆を禁止してください」。地元の鮮魚商の叫びが、女性団体や区議会を連鎖的に動かした。「杉並は戦前・戦中に消費組合(生協)運動があり、戦後もそのネットワークが生きていた」。戸別訪問による署名集めに主婦らが奮闘。爆発的に全国へ広がり、1年余りで3千万筆を超える署名が集まった。

「人類の生命と幸福を守りましょう」。スローガン「杉並アピール」の主張は政党色を排し、シンプルだった。「安全な空気、水、食べ物は生きていく上での基本。それを求める訴えは普遍的なもの」。福島原発事故でも食品汚染の恐れは現実化している。「脱原発の訴えも党派を超え得る」と強調する。

署名運動は、52年まで続いた米占領下の検閲で抑えつけられていたヒロシマ・ナガサキへの関心も呼び覚ました。55年8月、広島で第1回原水爆禁止世界大会が開かれる。

「ヒロシマの意味を受け止め、行動する人々が世界中に広がった。今、フクシマを受け止めようとする人々が続き、既にイタリアやドイツを脱原発に導いている」。国境をも越え得る、人々の声の共振に期待する。

無関心が支配

原水禁運動研究のきっかけは、中学教諭を退職後、杉並区の教科書採択をめぐる問題に直面したことだった。従来の歴史教科書を「自虐的」と批判する学者らが作った歴史教科書の採択に反対する運動に参加。「市民運動の面白さも難しさも味わった。杉並の気風と市民運動の歴史を学びたくなった」。明治大大学院に入り、署名運動をテーマに据えた。

関係者への聞き取りを重ね、各家庭に眠る資料を地道に調べた。励みになったのは女性の活躍ぶり。「選挙権もないまま戦争に協力させられ、食糧難の苦しみを知る女性たちが、もうあの時代には戻らせない、と声を上げた。主権者意識の目覚めが運動の原動力になった」

ひるがえって、原発推進の国策を容認して大事故を招いた現状に、主権者意識の後退を感じる。「日本は、核実験を続けながら原子力の平和利用を唱える米国の戦略に追従する形で原発を導入し、核の傘に収まり続けている。被爆国の民衆が思い描く像とは違うはずなのに、諦めや無関心が支配してきた」

声は、上げなければ響き合うことはない。しかし、「今、ヒロシマとフクシマが互いに声を上げ合えば、共振の力は計り知れない」と確信する。(道面雅量)

まるはま・えりこ
1951年千葉県生まれ。公立中学の社会科教諭を経て2004年、明治大大学院に進学。06年、原水禁署名運動の研究で平塚らいてう賞奨励賞を受けた。

(2011年8月5日朝刊掲載) 


2011年8月11日木曜日

ジュンク堂書店新宿店でJVJAのトークセッション


ジュンク堂書店のウェブサイトに、正式にトークセッションの案内が掲載されました。→http://www.junkudo.co.jp/tenpo/evtalk-shinjyuku.html
※アンカーがついてないようなので、リンクをクリックするとトップに飛びますが9月9日の日付を追って確認してください。念のため内容を下記に繰り返します。
 なお、会場の収容数は40名と小さめなので、関係者も含めて早めの「予約」をお勧めします(収容人数を超えると入場できません)。案内の最下部に申し込み方法があります。電話予約可能です。

-----------引用-------------
『3・11メルトダウン』(凱風社)刊行記念

ジャーナリストが見た
放射能汚染の現場と
津波被害
森住卓×山本宗補×野田雅也


■2011年9月9日(金)18:30~(開場18:00)


放射能汚染の拡大が止まらない。
東日本大震災直後、東電や政府は「ただちに人体に影響はない」と繰り返したが、
当日の夜にはメルトダウンが始まっていた。
日本ビジュアル・ジャーナリスト協会のメンバーは震災翌日に行動を起こし、
それぞれ原発へ、津波被災地へと急行した。
震災翌々日の双葉町から5月末の飯舘村の全村避難まで、政府やマスコミが伝えなかった現場を報告します。


◆講師紹介◆森住卓(モリズミ タカシ)
1951年生まれ。1994年より、セミパラチンスクやマーシャル諸島をはじめ、世界の核実験によるヒバクシャを取材。その他、国内外で、基地や環境問題をテーマに取材。『核に蝕まれる地球』(岩波書店)、『イラク 湾岸戦争の子どもたち――劣化ウラン弾は何をもたらしたか』(高文研)、『セミパラチンスク――草原の民・核汚染の50年』(高文研)など著書多数。
山本宗補(ヤマモト ムネスケ)1953年長野県生まれ。ビルマ、フィリピンをはじめ、アジアを主な取材フィールドにする。現在は、戦争体験者の聞き取りによる「戦争の記憶」を取材している。主著に『また、あした 日本列島老いの風景』(アートン新社)『フィリピン 最底辺を生きる』(岩波書店)など。野田雅也(ノダ マサヤ)1974年福岡県生まれ。長年の世界放浪の旅を経て、取材を始める。チベット・ヒマラヤ圏の取材を中心に、現在は「命」と「水」をテーマに、世界各地の環境問題に取り組む。主書に、集英社新書『「戦地」に生きる人びと』など。

◇会場 ジュンク堂書店新宿店 8階カフェにて◇定員 40名
◇入場料 1,000円(1ドリンク付き)
◇参加ご希望のお客様は7Fカウンターにてお申し付けください。
電話でのご予約も承ります。お問合わせ先:ジュンク堂書店新宿店 電話:03-5363-1300


2011年8月10日水曜日

『3.11メルトダウン』を『東京新聞』『中日新聞』が紹介

8月9日付け『東京新聞』『中日新聞』夕刊で、『3・11メルトダウン』が紹介されました。


2011年8月9日火曜日

『沖縄タイムス』が『東アジアの歴史認識と和解可能性』を書評

7月30日(土)の『沖縄タイムス』で、近藤孝弘・早稲田大学教授が『東アジアの歴史認識と和解可能性』を書評しています。書評の最後に、「政治指導者に東アジアの現在と未来への洞察と責任感を期待できないとすれば、そこに住む市民は何をすべきか?」が問われているとあります。


2011年8月4日木曜日

8月13日『図書新聞』3026号に広告を出しました。

『図書新聞』一面の二段二分の一の広告です。

『原水禁署名運動の誕生』を『中國新聞』が紹介

2011年7月31日『中國新聞』「読書」欄で『原水禁署名運動の誕生』紹介されました。
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▼丸浜江里子著「原水禁署名運動の誕生」 1945年、東京都杉並区の主婦らが始め、全国へ爆発的に広まった原水爆禁止署名運動。なぜ発祥の地が杉並だったのか。区民の一人である元中学教諭の著者が地道な調査で明らかにした労作だ。
戦前・戦中の消費組合や戦後の公民館の活動に注目し、ビキニ水爆実験に鋭く反応した住民パワーの源泉を描く。現在の脱原発運動の課題を考える上でも示唆に富む。
(凱風社・3675円)
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2011年8月3日水曜日

『3・11メルトダウン』が『週刊現代』で書評

今週発売の『週刊現代』(8月13日号)で『3・11メルトダウン』が紹介されました。